永見さん 001

吉越編集長、長い間ありがとうございました


 昨夏、文化協会設立50週年の記念式典の席上、功労者として表彰された吉越泰雄編集長がご挨拶の中で、編集長引退をほのめかされました。まさか、と誰もが思いました。というのも吉越さんはずっと編集長でいてくれるもの、という勝手な思い込みがみんなの気持ちの中にあったからです。が、健康上の理由を上げられ「330号で辞めます」と言われました。田中武編集長のあとを継いで40年、『文芸たかだ』は吉越編集長とともに号を重ね、誰にも真似のできない原稿集め、編集…、意固地なまでの同人誌作りに情熱を燃やされました。

 「文藝春秋」と同じ誌面、72頁、2ヶ月に1度、奇数月25日に発行を頑なに守り、330号を迎え、その間に節目の100号、200号、300号の記念号、そして高田文化協会20周年、30周年、40周年、50周年の記念号に心血を注がれました。またさまざまなイベントの企画にも率先して参加、助言して下さいました。本当にありがとうございました。

 これから、吉越名編集長の意志を継ぎ、岸田國昭新編集長のもとで編集委員・事務局が一体となり『文芸たかだ』作りに励もうと思います。また、ご指導をよろしくお願いいたします。

(写真は2007年の上越市表彰を受けた時の吉越さんです)


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 今月のお客様 小島(せい)(かい)さん


お喋り好きで気さくな小島さんはとても苦労人、15歳の時にお父さんの営む塗装会社に入り3代目を継ぎます。県や市の仕事をこなし、新しいところでは大町2丁目の「師団長官舎」の外壁修理、また「富寿司・春日亭」や「タキタ美容院」の外装も手掛ける。でも、小島さんの功績と言えば北本町の「陀羅尼八幡宮」の子安殿の再建立が何といっても有名。信心深いお母様はつねづね「お世話になった方たちにお礼・感謝するために、子安殿をなんとか直すように」と言われていた。内助の功で奥様も多額の費用を出された。尽力の甲斐あって立派に完成、眩いお宮には安産の神様、木花咲耶姫に寄せる杉みき子先生の和歌、川崎日香浬さんの天井画が飾られている。また小島さんの豊かな発想は次々新しいことを実現する。境内に小諸の懐古園の桜と同種の桜を植え、秋には紅葉のライトアップと演奏会。今は五智国分寺の山門の修復に考えをめぐらす。75歳、これからの夢は?「京都で歴史や美術を学びたい」。仕事をしながら卒業した北城高校定時制での頑張りを、きっとこれからも発揮されることだろう。「そして京都に住みたいなあ」と悪戯っぽく言われ、ああ、やっぱり小島さんらしい、とほっとしました。とにかくセイカイさんは愉快な方である。